月刊人事労務

100年企業の就業規則

[100年企業の就業規則]

2019年グッドデザイン賞受賞した「100年就業規則」。「就業規則」がグッドデザイン賞を受賞するのは初めてのことです。

1.100年就業規則とは

100年就業規則とは、長寿企業が暗黙知として伝承するノウハウや哲学を、就業規則の形のまとめたものです。例えば、採用や教育の在り方、顧客対応などです。作成の方法は、日本全国の事業継承に成功した経験豊富な経営者に対して、社会保険労務士がヒアリングを重ねて作成します。

作成過程で伝え手のベテラン経営者は自らが継承してきた理念・考え方や具体的な経営手法に気づき、継承される者は、それらを「目に見えるもの」として継承していくことができます。

2.100年就業規則が生まれた背景

最初に100年就業規則を作成したのは、物品の仕分け・梱包・発送を請け負う会社である(株)ヴィマイル(大阪府)です。同社の社長(故山下洋祐氏)は人財活用や組織作りに優れていました。彼のノウハウは先代社長から言動で受け継がれたものでした。同氏は癌と診断され、医師から余命がいくばくもないことを宣告されます。そんなとき、同氏の20歳の長男から「自分も社長になりたい」と伝えられました。

同氏は、それから1年間の闘病生活の間に社会保険労務士と共に、次代に継承したい経営ノウハウや哲学を言語化し、就業規則の形でまとめていきました。末期癌で余命を宣告された(株)ヴィマイルの二代目経営者(故山下洋祐氏)が、三代目、四代目に向けて、組織作りや労使関係の築き方を伝えたいと考えました。同社は女性社員の主体的な働き方が注目されていた会社でした。社会保険労務士がその組織作りや労使関係の築き方の要諦を病室で質問していく中で、その主体的な働き方は、偶発的に起こっているものではなく、必然的に起こっているものであることに気付きました。さらにそれらは先代から継承され、当代で発展させていっているものだということも分かってきました。そのノウハウや哲学をモレなく体系立ててまとめるために、就業規則の条文ごとに、その項目に対する考え方やそれに基づく取り組みをまとめていきました。無機質な条文の背景にある願いや想いを言語化して載せることで、目には見えない会社の風土や経営者の考え方を、次代に継承することができるようになりました。山下洋祐氏と一緒に100年就業規則の作成をサポートした社会保険労務士の日比野大輔氏は「完成した就業規則を手に取った時の山下洋祐氏の涙が忘れられない」と語っています。

近年、労働局に持ち込まれる相談は年間100万件を超え、ブラック企業という言葉が流行語となるように若手の企業に対する不信感は増すばかりです。そんな中、社長や社員が代わっても、労使紛争などとは縁がなく良好な労使関係を続ける優良企業があります。そんな関係を生み出している施策や考え方を言語化して、社内のリーダーや次世代の経営者に伝えることで、優良企業を増やし、次世代に繋げたいと考えた日比野氏は、志を同じくする全国の社労士とともに「100年企業研究会」を立ち上げ、北は北海道、南は沖縄にいたるまで、全国各地の長寿企業に対しヒアリングを行いました。すると「従業員から愛される仕組み」「取引先・地域から愛される仕組み」など驚くほど共通する特徴が長寿企業には見られたのです。これらの研究成果をとりまとめ、2019年グッドデザイン賞に応募したところ、今回の受賞に及びました。審査員からは「世界を刺激できるコンテンツではないかと思う。さらにこれを世界に届けるためにデザインやコミュニケーションを強化し、過去から未来、日本から世界をより優しくデザインしていくことができるだろう。」とのコメントがありました。

3.100年就業規則のデザイン

100年就業規則は会社の就業規則(50~100ページ程度)ですが、その形式は通常の就業規則とは異なります。見開き左側のページに条文(具体的なルール・施策)を記述し、右側にその施策の制定背景、想い、運用の勘所を記述しています。優良な長寿企業の暗黙知として伝承されるノウハウを言語化し、経営における施策ごとに、体系的に整理したものです。事業承継者や次代の社員に共有することで、優れた経営哲学を確実に承継し、また東洋的経営手法を広く世界に共有することが可能となります。

【100年就業規則のデザイン】

4.まず「関係性の質」を高める

多くの100年企業に共通する仕組みは、「まずメンバー相互の“関係性の質”を高める」ことを行っていることです。

マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱している「組織の成功循環モデル」とは、組織が成果を上げ続け、成功に向かう過程や仕組みを明らかにしたものです。

【成功の循環モデル】

組織の成功循環モデルでは、成功や成果といった組織としての結果の質を高めるためには、一見遠回りに思えても、組織に所属するメンバー相互の関係の質をまず高めるべきだ、と述べています。組織の関係性の質が高まると、個人の思考の質や行動の質もよい方向に変化して、結果の質の向上につながります。良い結果が出ると、メンバーの相互信頼が高まり、さらに関係性の質が向上していきます。このグッドサイクルを回すことが、100年企業の組織に持続的な成長をもたらしていくのです。

(当社ニュースレター「月刊人事労務」2020年8月 Volume 183 より)

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